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箱根山
新宿区戸山公園の箱根山(都23区内で一番高い山である 標高44.6M)

前川國男自邸


 上野の文化会館設計者としても有名な前川國男は本年(2006)生誕100年ということで各地巡回の建築展も開かれ、改めて見直されている。 その前川が仕事を始めた頃のすまい(東京・上大崎)が東京都小金井市の「東京たてもの園」に移築保存されて残っている。

sketch
2005.8.17 鉛筆・透明水彩

 切妻の大屋根と、電柱丸太を再利用したという棟持柱の単純明快な構成は伝統的な民家にも通じる豪快な美しさがあった。 それにまして近づいてみるとディテールのすばらしさには目を奪われた。
 竣工した昭和17年(1942)という時代は太平洋戦争中で当然資材も制限され、1938年からの建築統制規則による面積は30坪以内という条件も克服してこれだけの形にしたのだ。  内部は中2階を持つ吹抜のある居間(サロンと称していたらしい)を中心にして東西に対照的に水回りを持つ個室を配したプランになっている。 天井まで届く大きな開口、深い庇、レーモンド譲り(?)の芯はずしによる構造表現と相まって気持ちの良い空間にしている。
 ディテールでは、ガラス戸の内側にある引込雨戸、サロン入り口の偏芯縦軸回転の大扉、玄関まわりの床処理、窓枠の詳細、勝手口のダッチドア、等々参考になるものには事欠かない。

 東京大空襲による事務所焼失からは仕事場としてサロンの中2階に製図板を並べ、書斎が接客、所員休憩室としても使われていたようだ。

前川 國男(まえかわ くにお)
 明治38年(1905)5月14日 - 昭和61年(1986)6月26日)昭和期の建築家。

ル・コルビュジエ、アントニン・レーモンドの元で学び、モダニズム建築の旗手として、第二次世界大戦後の日本建築界をリードした。
丹下健三、木村俊彦は前川事務所の出身である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』抜粋



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