稲毛海岸
東京湾も千葉港の近くになると鉄道や道路は海に沿って接近して走っている。 かつてのこの辺りは遠浅の海岸で、東京からも手軽に行けるリゾート避暑地であったのだ。
その中でも稲毛浅間神社の周辺に広がる松林(現在の稲毛公園)あたりは昔から別荘・旅館が建ち、名士・文士達の避暑地として、遠浅の海岸は海水浴や潮干狩で賑わったところである。
当時の写真を見ると海中の岩に祠があり、傍らには「一の鳥居」が建っている。富士山を信仰する神社と聞くが鳥居の先にはその富士を望むことができたのだろう。海からのアプローチと背景の山は何となく広島の厳島神社を思わせる設定である。
残念ながら現在は境内の「二の鳥居」の先の海岸線は自動車の頻繁に走る国道となり、かつての海岸は埋め立てられ、海は遙か彼方である。(3キロほど先に人工浜の稲毛海浜公園があるが未確認)
遠浅という埋立に適した条件だったばかりに、自然や景観がめちゃくちゃにされてしまった、ごく最近の出来事(1970年代?)で、効率第一主義を大いに反省すべき事例である。
旧 神谷伝兵衛 稲毛別荘
神社を中心とした丘(現在の稲毛公園)のふもとに、今でも残っている別荘があった。その一つがこの別荘である。
大正6年(1917)着工、翌7年(1918)に竣工の、当時としては珍しい鉄筋コンクリート造の建物である。地上2階建だが半地下室もあるとのこと。すなわち基礎部分を半地下と称しているのだろう。関東大震災でも被害を受けなかったというから、しっかりした基礎が大事だという好例である。
建物外観は1階の5連続アーチのポーチがロマネスク風で、室内の洋室とうまく繋げている。白い外装タイルと合わせて当時の洋風建築への憧れが具現化したものなのだろう。 2階へ上がる階段までは充分に洋風なのだが、上がってみてびっくり、2階は完全に和風であった。しかも床の間はかなり凝ったもので、床柱はなんと葡萄の木、付書院の欄間には当主の商品「蜂印香竄葡萄酒」にあやかり、蜂と葡萄の透かし彫、天井は葡萄棚見立て?の竹格子というものである。小屋組はキングポストトラスと聞いていたが構造は完全にわからなかった。 外壁の洋風窓と内部の障子窓との取合には苦しい工夫が感じられた。
窓の工夫といえば、1階の開き窓ガラスに取り付く網戸がピカイチである。使い勝手が良いように、なんと!下から迫り上がるように仕組まれていた。これも地下にスペースがあるおかげではあるが、先人の知恵には脱帽。(これとおなじ工夫を清家清がどこかの住宅で仕込んでいたのを思い出した)
この歴史的建物は昭和59年(1984)に市に寄付され、市が平成元年(1989)〜2年(1990)にかけて保存改修整備され、現在は「千葉市市民ギャラリー・いなげ」として市民の美術鑑賞・制作・発表の場として利用されている。
神谷伝兵衛について
東京浅草にある「神谷バー」という酒屋をご存知だろうか。明治・大正時代のモダーンなバーで、オリジナル商品が「電気ブラン」。 当時のハイテクの代名詞「デンキ」を冠につけたブランデー擬きのカクテルというネーミングである。 開設は明治13年(1880)の一杯売り酒屋「みかわや」から始まり、明治15年(1882)には「電気ブラン」を売り出したアイデアマンが初代 神谷伝兵衛で、後にフランスから日本にワインの製造技術を初めて導入して「牛久シャトー」としてワイナリーを始めた大正のワイン王「神谷伝兵衛」(1856-1922)である。
愛新覚羅溥傑寓居
浅間神社に隣接してこの建物がある。神谷伝兵衛別荘とは神社を挟んで反対側にあたる。
しかし今の時代、何程の人がこの「愛新覚羅溥傑」という名前を覚えているのだろうか? 中国最後の皇帝「溥儀」の弟で、激動の時代を生きた人物である。
昭和7年(1932)溥傑が日本留学中に満州国が建国され、兄溥儀が帝位に就いた。その後嵯峨侯爵の長女、嵯峨浩と結婚、新婚時代の一時期をこの家で過ごした。
ご覧の通り、何のこともない住宅である。玄関前は最近造られたと思われる切り通しに接していて、敷地が小高い丘にあることがよくわかる。まさに海を一望にできる場所なのだ。建物の反対側は庭でその先が神社参道になる。
ちょっと屋根に注目したい。大棟の両端である。何と中国建築の 正吻 ではないか!(大発見!)
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私にとっての「愛新覚羅」とは長女「慧生さん」の伊豆の山中での心中事件しか思い浮かばないが、溥傑・浩夫妻は中国帰国後に終戦を迎え、溥傑はソビエトの捕虜に、浩は八路軍に拘禁。溥傑がこの心中事件を知ったは中国の収容所の中でとのこと。
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この建物は「千葉市ゆかりの家・いなげ」として内部を公開・展示し、歴史を後世に伝えている。
【注釈】
正吻(せいふん) :中国建築で、大棟両端に載せられる鴟尾に似た屋根飾り。
(鴟尾は猛禽の尾を模っているのに対して正吻は魚形をしている)
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