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哲学堂公園


 かつて、この近くを通ると、遠くから異様な塔が目に付いたものだった。 モスクのようでもあるし、ビザンチンの伽藍の明り取りが・・・・とも思わせるものであった。 そしてこの地域を「哲学堂」とも云われていたので、そんな関係の建物なのか?という思いでいた。

水の塔

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2006.8.20 鉛筆・透明水彩

 この建造物の正式名称は「旧・野方給水場配水塔」。 というよりも「中野区立みずのとう公園内震災対策用応急給水施設」というのが正式名称。
 関東大震災以降、東京市近郊の人口が増えたため、従来の井戸水ではまかないきれないという危惧から、豊多摩、北豊島両郡が連合して「東京府荒玉水道町村組合」を設立、多摩川の水を砧浄水場(世田谷・喜多見)から取水して飲用に供する計画で建設されたものだ。
 この水路は荒川までつなげる計画で、板橋(大谷口)と2ヶ所に同じ配水塔を建設した。
実は去年(2006)その大谷口に行ってみたのだが、はや撤去されて跡形もなく、その後は複製の塔を建て、公園にするとのこと。
 この二つの配水塔は同じデザイン・同じ標高、というまさに双子の塔だということが後で分かった。 今となっては、その時代の生き証人(?)はこの野方の方だけで、いつまでも生き延びていて欲しいものだ。 哲学堂とは直接関係はなかったが、最高のランドマークだ! これぞ都市に深い皺をつくってくれる財産なのだ。

 調査・設計は工学博士中島鋭治に委嘱されたが中途で死去、工学博士西大條覚に引き継がれ、昭和6年(1931)に完成した。

四聖堂(哲学堂)と六賢台

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四聖堂(左) と 六賢台(右) 2003.8.30 鉛筆・透明水彩

公園内にはいろんな趣向の建物が建っているが、この2建物が正面入り口から入ったところで目にするものだ。

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2006.4.9 鉛筆・透明水彩

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四聖堂 3段の蔀戸開閉方法

 園内どの建物も、名前(館名)もユニークなものばかりなのだが、まずは四聖堂。
 屋根が番傘のような垂木で、中心には柱もなく梁もない。 四隅の登り梁だけでピラミッド状にフレームを組み、頂点から四周の桁に番傘状の垂木を等間隔に配るというかなり思い切った構造である。
蔀戸は上下2段が常識だが、ここでは3段で上・中段は軒下にまきあげ、下段は低い腰で、当然撤去も可能。

 六賢台はお寺で見る塔とは大違いで、中心にあるべき芯柱もなく階段だけで、窓が開かれてない壁の部分は書棚になっている。 最上階(3階)天井には大きなフックがあり、鐘楼として機能していたと推察されるのだが、あの狭さからは火の見櫓の鐘程度のものしか吊せなかったであろう。


三學亭と六賢台

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左:三學亭(2005.12.18) + 右:六賢台(塔)(2003.3.9) 鉛筆・透明水彩

三學亭は三角山につくられた三角形の四阿。 なんとも難しい仕事をしている。

宇宙館(講堂)

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左の小山にあるのは三學亭 2007.02.10 鉛筆・透明水彩

木造方形平屋建の土間建物に45度平面を回転させた畳部屋(講義室)があり、それに合わせたように入口ポーチも建物出隅から45度振った平面になっている。なんともあまのじゃくなプランなのだ。極めつけは屋根頂部の棟で、烏帽子がついている。

その他の主な建物

哲理門(妖怪門)

四聖堂の正門にあたり、仁王の代わりに門の右側に天狗、左側に幽霊の彫刻像が入ってる。なんとも不気味!

絶對城(図書館・読書室)

木造二階建、中央には大きな吹抜があり上階は閲覧室。当公園創設者・井上円了の蔵書を中心とした図書館であったが現在はなにもない。屋上には展望台もあったとも聞くが未確認。

その他

無盡藏(陳列所)・髑髏庵(休憩所・事務所)・常識門・・・・等々・・・

 

哲学堂公園(てつがくどうこうえん)

 哲学堂公園は東京都中野区にある中野区立の公園である。
元々は、東洋大学の創設者でもある哲学者・井上円了が同地に四聖人(ソクラテス、カント、孔子、釈迦)を祀った四聖堂を1904年に建設したのに始まり、井上円了の没後、本人の遺志で1944年に東京都に寄贈され、1975年に中野区の管轄になったものである。
この四聖堂は当初哲学堂の名でも呼ばれており、それがそのまま公園の名になった。
また、哲学堂の名は公園のある近辺の地名の通称として店舗名、バス停留所などで使われてもいる。
当地は鎌倉時代の武将和田義盛の城址であったところである。
当初は当地に大学を造る案もあったが、精神修養のための公園にすることになり、1909年 - 1912年の間に哲理門、六賢台、三学亭などの建築物が逐次整備された。現在も当時のままの建築物が公園内に存在しており、普段は外観しか見られないが、毎年4月と10月には、建築物の内部も一般に公開される。内部には、各聖人の像などが祀られている。この他にも園内には到る所に哲学に由来するユニークな名前の坂や橋などが点在し、井上円了の思想を垣間見ることができるものである。全国を見ても哲学をテーマにした公園は僅少で、かなり特異な存在の公園といえる。元々、宗教を崇める目的で作ったものではなく、学問としての哲学を元にして作ったテーマなので礼拝所の類はない。
従って、寺院や教会に敷設されている庭園よりは、系統的には例えば古代ギリシアの哲人、プラトンが開いたアカデメイアのような樹木に囲まれた哲学に触れる場所に近いものであったともいえる。ただし、当初から視覚的に哲学に触れるようにと考えられて作られたから、学問所としての機能も極めて薄かった。現在も学問的な機能はなく、単にモニュメントとして各種建造物が飾られているに過ぎない。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』抜粋



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